光り溢れる世界。
地平線の遥か彼方まで広がる美しい大地。
穏やかな果てない空には優しい風がみちていた。
俺は瞳を閉じて、世界の揺り篭に身を任せていた。
「――――卑怯者―――――」
冷たい言の葉が響き、美しい世界が砕けた。
硝子の様に砕けた世界の向こうに闇が覗いていた。
暗く、深い、漆黒の闇。
その闇で誰かが囁いている。
「――己の名を知る者の居ない地に辿り着き――」
闇の中にいる人影が俺に手を差し出してきた。
「――嘗て、その手に握られていた剣を捨て去り――」
自分の意思とは関係無く、差し伸べられた手を掴もうと手を伸ばす。
「――護るべき場所も仲間も失って――」
お互いの手が触れ合う瞬間手を差し伸べた人影が微かに笑った。
「――何故、お前は――ている?」
その笑顔は―――――――――――俺!?
「ローーーーソーーーーーーーンッ!!!!」
「っっっ!!!」
はじかれるように現実へと引き戻された俺は どすんッ と言う鈍い音と共に地面に落下した。
「いててて;;ルティさ~ん、起こす時は優しくって何時も言ってるでしょ?」
なんとも情けない格好のまま見上げると、やれやれと肩をすくめたルティさんが見下ろしていた。
「・・・・・・今日は白・・・おわっ!?」
言い終わるや否や、凄い勢いで目の前に靴の裏が迫ってきたのを寸での所で回避した。
「ローソン!貴方は何時もいつも・・・・はぁ」
怒られると思いきや、ふか~いため息をついて、ルティさんが指で額を押さえた。
「毎度のことで疲れたわ、話しが進まないから本題に入ります。」
「はいは~い、何かな?」
「まず、これはどう言う事なのか説明を求めます。」
務めて事務的は口調で俺の目の前に書類が突きつけられる。
「ん?俺が書いた週間報告書に何か問題でも?」
「ありすぎです!!問題がありすぎてどこから突っ込んでいいのかもわからないわよ!」
ルティさんはそう言って一ヶ月分ほどありそうな抱えた書類の中から、比較的新しい物を捲って見せた。
○月×日 まぁくんとわかにゃんがイチャついてるのを目撃。
○月△日 夢さんの愛ヒールに萌えた。
○月□日 祖龍北にある飯屋の新メニューが美味かった。
○月◇日 aoに勝負を挑まれ全力でこれを排除する。
○月☆日 冥府の鳥戦士が戦士のくせに魔法を使う事に憤りを覚える。
「・・・・何か問題でも?」
「ありすぎるわああ!!なんの為にリーダーが毎週報告書の提出を義務付けられてると思ってんの!?」
「・・・・暇だから?」
――――ザワッ――――
大気が振るえ、ルティさんの周りに魔力が集束する。
「ちょ!?うそうそうそ、かる~い冗談だってば!!!」
「まったく・・拓ちゃんでさえちゃんと書いて報告してるって言うのに・・・」
「・・・拓ちゃんでさえって、それはどうだろう?」
「え?あ~こほん、まぁそれは良いとして、以後ちゃんと報告書を書くように」
軽く咳払いして誤魔化したつもりになっているあたりが可愛いんだよね。
「何ニヤニヤしてんの?」
考えてる事が顔に出たらしく、怪訝な表情でみられてしまった。
「なんでもないって、んで?本題は?」
「ぶえ!?」
突然のフリに変な声が上がった。
「ルティさんは何か話しがある時は必ず違う話題から入るよね?」
「あうう;、いや、その~・・あの話しどうなった?」
ちょっと頬を赤らめてもごもごと呟く。
「ああ、結婚の話・もがぁ」
突然口を塞がれた。
「しーーーー、まだ内緒だって言ったでしょ?」
「へほ、ふぁふぁなんはひには、ほうはふぇほうはお?」
「口を塞がれながら喋られてもわからんわあ!」
「もは、ぶは~、でも、わかにゃんとかには感づかれてるよ?」
「うう;;そう言えばaoさんにもなんか感づかれてるっぽいのよねぇ;;」
困った時の癖なのだろう、額に手をあてて、う~~っと情けない声を上げている。
そんなルティさんを見ていると、不思議と心穏やかになっていく。
そして思い出す、俺の心がルティルトと言う女性を愛した瞬間を。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
無事だったから良かったものを・・・どう言うつもりだ?」
恐らく初めてだろう俺の冷たい口調。
俺に抱えられているルティさんが少し強張るのを感じた。
「でも、危ないって思ったら体が勝手に・・・。」
「だからって戦士の前に立つ奴がいるかっ!!」
先の戦闘での事、とどめを刺しきれていなかった敵が放った一撃。
俺の反応が遅れた事とルティさんが魔力に敏感な事が重なって、ルティさんは足に重症を負った。
幸い、後遺症は残るものではないが、街に戻って適切な治療が必要だ。
「ごめんなさい」
しゅんっとした声に心が痛む。
ルティさんに怒ってはいたが、それ以上に油断でルティさんに怪我を負わせた己自身に対する怒りが込み上げていた。
街への帰路、無言のまま時が流れいく。
「ねぇ」
先に口を開いたのは、ルティさんだった。
「ん?」
「ローソンの名前、Lostwinって本名じゃないでしょ?」
「ああ、そうかもな」
「前に聞いた時もそう答えたわよ?」
「ああ、そうかもな」
「ローソンって昔の事を話したがらないよね?」
「ああ、そうかもな」
「ローソン、さっきからそればっかり」
そう言って少し笑うルティさん。
「傷、痛むか?」
「ん?ちょっとだけ、でも大丈夫」
「そか」
再び訪れる、無言の時間。
ルティさんを背負った俺の影が、夕日で長く地面に伸びている。
「ねぇ」
「ん?」
「結婚する人とは隠し事があっちゃいけないと思うんだあたし」
突然出てきた結婚って言葉に俺は戸惑った。
「驚いてる、俺はルティさんと結婚するんだーって言ってたのは誰よ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の瞳を覗いてくる。
「独り言だから、聞き流してくれ」
「うん」
俺は初めて自分の過去を話した。
自分が騎士であった事、国を捨てた卑怯者である事、本当の名前。
何故話したのか今でもわからない。
きっとルティさんの翡翠の瞳を見た時から、魔法をかけられてしまったんだと思う。
「独り言はおしまい、長いわりにはつまらない話しだったでしょ」
そう言って見ると、ルティさんは額に手をあてう~~っと情けない声を上げた。
「どうしたの??」
「う~ん、でも・・・ふむむ・・・・・よし!やっぱローソンだ!」
「へ?」
俺は思わず間抜けな声を出していた。
「いや、呼びかたね、本名もあるしLostwinってのもあるし、でもあたしとしてはローソンが一番しっくりくるんだよね!」
「ははっ ああ、ローソンで良いよ、俺はローソンさ」
そう言って俺は笑った、真っ赤に染まる空を眺めながら、何故か込み上げてきた涙を零さない様に。
その日から俺とルティさんは他人ではなくなった。
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俺はう~~っと情けない声を上げてるルティさんをひょいっと抱きかかえた。
「わっわっ、なに?」
「めんどくせぇ、今から結婚報告しよう!」
「ぶえ!?」
俺は飛剣マサムネを呼び出すと、ルティさんを抱えたまま空へと舞い上がった。
ルティさんの手からこぼれた書類が風に乗って青く高い空へと飛んでゆく。
「もう!強引なんだから!!」
抗議の声を上げたルティさんの顔はとびっきりの笑顔だった。
「ルティさん、愛してるよ」
「あたしもよ」
穏やかな風が、口付けする二人を優しく包み込んでいた。